食品のおいしさを化学する

 

食品化学工学研究室

山田 昌治 教授/杉山 健二郎 講師

食品のおいしさを化学する

 工学院大学の応用化学科では、化学の視点から、「食品」について学ぶことができます。そのため、工学系の大学で取得できることが珍しい資格として、「食品衛生管理者・食品衛生監視員」の資格を取得することができます。また、食品化学工学研究室(山田昌治教授,杉山健二郎講師)では、安全で健康な食品に寄与するために、「化学のちから」で食品の機能や品質特性に関する研究を行っています。

 ここでは、山田教授がテレビなどで解説した「食品」に関する話題のうち、3つのトピックについて、化学の視点から解説します。

トピック1トピック2トピック3

トピック1「素麺の歯ごたえアップ!」

1. はじめに

 中華麺は、かん水と呼ばれる塩基性の無機塩を添加してグルテン組織構造の強化を図っている1,2)。これは、麺生地のpHが高くなると、グルテンタンパク質を構成するグルタミンやアスパラギンが脱アミドを起こして、それぞれグルタミン酸、アスパラギン酸に変化し、グルテン内部でのイオン結合が増えるという原理に基づいている3)

 この現象は、ゆで水を塩基性にすることでも起こり、重曹をゆで水に添加することで、ソフトな食感の麺を歯ごたえのある食感に変えることができる。

 ここでは、この技術を用いて、素麺のグルテン組織構造を強化し、調理耐性を改善することについて解説したい。

2. 素麺の強度

 素麺は夏場の手っとり早い炭水化物源としてわが国で人気の高い麺である。消費者庁の「乾麵品質表示基準」によれば、素麺は、太さが直径1.3 mm未満の麺と定められている4)。一般には、太さ0.9 mm程度のものが出回っており、中には、0.3 mm(三輪山本;白髪)や0.4 mm(麺舗ゆきやぎ;ゆきやぎ)といった、もはや芸術の域ともいえる極細の麺も存在する。

 この素麺を、水1リットルあたり約15 g(大さじ1杯)の重曹を入れた水で所定時間ゆでる。注意点としては、重曹は室温の水に加えることである。沸騰した水に加えると、急激な炭酸ガス発生が起こるため、たいへん危険である。

 重曹は、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)の略称で、室温の水に溶いた状態では、pHが8程度であるが、加熱していくと、65℃で炭酸ガスを放出し、炭酸ナトリウムに変化する。炭酸ナトリウムは強塩基と弱酸の塩であるため、pHが11を超え、溶液は強い塩基性となる。この条件では、グルテンに含まれるグルタミンはグルタミン酸(図1)に、アスパラギンはアスパラギン酸に変化し、グルテン組織構造が強化される。

 通常の水と、重曹を加えた水でゆでた素麺の力学強度を測定してみた。図2に、ゆでた麺を、厚さ3 mm、先端をラウンド加工したアミルニウム製の刃でせん断したときの力と変形量の関係を表す。この刃はヒトの歯を模擬したものである。素麺は細く、再現性のあるデータが得られないので、4本並べてせん断試験を行った。図より分かるようにせん断強度は、約1.5倍になり、実際に食べてみても歯ごたえが明らかに増していた。また、麺の色は黄色になり、中華麺の香りがするようになった。

3. 調理耐性の付与

 これだけでは、細い中華麺という感じであるが、この調理法の真価はここからである。素麺を使った料理として沖縄のソーミンチャンプルーがある。ゆでた素麺、豚肉、ニラ、ゴーヤ、ニンジン、もやしなどを炒めた沖縄の郷土料理であるが、ともすると素麺に調理耐性がなく、ぶつ切れになってしまう。

 今回の重曹水でゆでた素麺を用いると、麺が硬くなり、長いままのソーミンチャンプルーができ上がり、食感も良好であった。

4.おわりに

 この現象はグルテンタンパク質のアミノ酸にグルタミンが多いという小麦粉固有の性質であるため、パスタ、うどん、さらには即席麺でも共通して起こる。即席麺は中華麺だろうと思われるかもしれないが、重曹でゆでることで明らかに歯ごたえが向上する。

 今回はとりわけ効果が顕著な素麺での調理耐性付与について紹介した。

5. 引用文献

1) 井上寿子,赤星千尋:家政学会誌, 12, 114 (1961)
2) Y. Pomeranz:”Wheat: Chemistry and Technology 3rd Edition Vol.Ⅱ”,AACC(1988)
3) 椎葉 究 編著:シリアルサイエンス, 東京電機大学出版局 (2014)
4) 長尾精一:小麦の機能と科学,朝倉書店(2014)

トピック2「サクサク天ぷらの化学」

1. はじめに

 小麦粉のタンパク質は水と結合してグルテンと呼ばれる粘性と弾性を併せ持つ物質になり、小麦粉食品の食感に大きな影響を与える1)

 パンや麺を作る時には、できるだけグルテンが形成されるように製造法を工夫するのであるが、逆にグルテンが形成されないようにする食品もある。その代表例が天ぷらの衣である。グルテンが形成されるように衣液を作り、天ぷらを揚げると、ボテッとした食感になり、天ぷらとしては失敗作ということになる。

 ここでは、天ぷらの衣液を事例として、グルテンの形成について化学反応論の立場から考察してみたい。

2. 衣液の作り方

 天ぷらの作り方に関する書籍をみると衣液については、以下のように記載されている。

 ボウルに卵を溶きほぐし、冷水を加える。冷水を使うとパリっとした衣に仕上がる。水の量は卵1個に対して5から6倍が目安である。ふるった薄力粉を入れて、箸で崩す程度に軽く混ぜる。粉が少し残っているくらいでよく、まぜ過ぎると粘りが出て、カラッと揚がらない。衣は揚げる直前に作る2)

3. 化学反応論的解釈

 天ぷらの衣は揚がった時に、サクッとした食感になることが重要であり、そのためにはできるだけグルテンができないことが必要条件である。グルテンの形成は小麦粉タンパク質中のグルテニンドメイン間のシステイン残基のクロスリンク3)であるから、クロスリンクが進行しないようにすればよい。冷水で衣液を作るのは、反応速度が温度に依存することによる。水と小麦粉の質量比は、だいたい2:1であることと、水の方が小麦よりも比熱容量が大きい4)という二つの理由で、小麦粉を冷やすよりも水を冷やした方が効果的である。

 水と粉を合わせる時に混ぜ過ぎないというのはシステイン同士が遭遇する確率を減らすためである。

  

 衣液を上げる直前に作る、というのは、時間経過によりグルテンの形成反応を進行させないためである。

4.新たな衣液の作り方

 上述のように衣液のレシピは、グルテンをできるだけ形成させないことに焦点が絞られている。そこで、グルテンの活性サイトであるシステインをあらかじめ失活させることを目的として、小麦粉を乾燥した状態で、電子レンジを用いて熱処理することを試みた。100 g程度の小麦粉を500 Wの電子レンジで1,2分熱処理するだけで、小麦タンパク質中のシステインは有意に失活し、冷やした水を使わなくても、しっかり混ぜても、さらには作り置きしてもカラッとした衣の天ぷらができることを確認した。

5.おわりに

 いろいろな処理をした小麦粉を所定の割合で水と混ぜ、迅速粘度測定装置(RVA)で測定した。図1にその粘度変化挙動を示す。最初は懸濁液が不均一で高い粘度を示すが、しばらくすると均一になる。

 この定常値を懸濁液粘度として各種衣液の粘度を比べた(図2)。冷凍処理というのはあらかじめ小麦粉を冷凍庫で十分冷やした衣液である。電子レンジ処理をした小麦粉の粘度が一番低くなり、電子レンジ加熱処理の有効性を確認した。

 以上のように、小麦粉食品のグルテンの形成制御は化学反応論的に考えることにより、アプローチが可能となり、さらには新たなアイデアによって、より効率的な製造プロセス構築ができうることを示した。


6. 引用文献

1) P. R. Shewry et al., Trends in Food Sci. & Tech., 11, 433 (2001)
2) 近藤文夫:天ぷらの全仕事, 柴田書店 (2003)
3) P.S. Belton, J. Cereal Sci., 29, 103 (1999)
4) S. Murata et al., Sci. Bull. Fac. Agr.,Kyushu Univ., 47, 93(1992)

トピック3「高性能オーブントースターの開発」

1. はじめに

 2015年NHKの朝の情報番組において、ガステーブルに付属している魚焼きグリルで食パンを焼くとおいしいトーストになる、という話をしたところ視聴者から反響があった。その後複数の家電メーカーの訪問があり、魚焼きグリルを凌駕するオーブントースターを開発したいという話になった。

 番組制作時に、おいしさを数値化できないかと要請され、トーストの品質は、表面がカリッとしていて、内部がソフトでモッチリした食感の場合においしいと感じる1)ことから、中心部分の水分含有率(以下水分率と呼ぶ)を指標とすることにした。すると興味深いことに、魚焼きグリルでトーストを焼くと、焼く前よりも焼いた後の方が中心部分の水分が高くなるという現象を筆者は見いだした。その要因として、強い火力とガスの燃焼に伴うグリル内水分の上昇が考えられた。

 ここでは、意外性という意味で、いわゆるムペンバ効果2)にも似たこの新規な現象のメカニズムを明らかにし、水分率を指標とした高性能オーブントースターの開発について述べたい。

2. トーストの評価

 番組放映後、数社から高性能オーブントースターが開発され製品化された。それらについて食パンをトーストした時の中心部分の水分率を測定した。水分率測定は、米国穀物化学者会(AACCI)の公定法を用いている。また、焼成前の食パンの水分含有率は袋ごとに異なるため、袋ごとに焼成前のクラムの水分率を測定し、焼成前後の水分率差を指標とすることにした。図1に各社オーブントースターによる測定結果を示す。焼成時にスチームを噴霧する方式のB社製品は、魚焼きグリルに比べて、焼成後に水分率が上がらなかった。一方、起動後1秒未満で最大熱量に達する高性能ヒーターを採用したA社はスチーム噴霧していないにもかかわらずB社に勝る水分率を示した。この事実により、水分率上昇メカニズムは庫内水分よりも強い熱量が支配的であることが示唆された。なお、低出力のニクロムヒーターを用いている従来型のオーブントースターでは、焼成に伴い水分率が焼成前よりも低くなるという結果を得ている。

 食パンを焼くことによって中心部分の水分率が上昇する現象は、既にWagnerら3)によって実験的に示されているが、そのメカニズムについては不明の状況であった。これに対して筆者は、強い熱量が一気にパンに加えられると、表面と中心部分で大きな温度勾配が形成され(図2参照)、一時的な低エントロピー状態になる。するとエントロピー増大則によって、その温度勾配をなくそうとして、水というエンタルピーが中心に向かって移動し、中心部分の水分率が焼成前よりも上昇するものと考えた。

3. オーブントースターの開発の方向性

 一般に伝熱メカニズムは、熱伝導、輻射伝熱、対流伝熱の三種類があり、熱伝導は空気の物性であるため操作できないが、高出力ヒーターによる高い輻射伝熱とコンベクション機能による高い対流伝熱を組み合わせることにより、高品質なトーストが得られると考え、S社と共同開発をした結果、図1に示すように非常に良好な結果を得た。

4.おわりに

 強い熱量で一気に食パンを焼きあげると、トースト中心部分の水分率が焼成前よりも有意に上昇するという新規な現象を見いだした。この伝熱メカニズムに基づいた、高性能トースターの開発についてまとめた。

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